貧困ビジネス屋?藤田孝典の川崎事件に対する発言にツイッター上で批判殺到

川崎で子どもが狙われ、犯人も自殺した悲惨な事件。

それに対しコメントを出した藤田孝典という人物に現在批判が殺到しています。

「貧困ビジネス屋」とまで言われている、藤田孝典はいったいどのようなどのような人物で、どのような発言をして批判を集めているのでしょうか。

本日はネット上での報道の問題にクローズアップしていく特集です。

藤田孝典のツイッターに批判

現在、この藤田孝典という人物が叩かれている原因となったのは川崎の事件に対する以下のコメント。

「死にたいなら一人で死ぬべき」の危険性 凶行を繰り返させないために

報道の通り、5月28日(火)朝方、川崎市で多くの子どもが刺殺、刺傷される事件が発生した。

現時点では被害状況の一部しか判明していないため、事実関係は明らかではないが、犯人らしき人物が亡くなったことも報道されている。

それを受けてネット上では早速、犯人らしき人物への非難が殺到しており、なかには「死にたいなら人を巻き込まずに自分だけで死ぬべき」「死ぬなら迷惑かけずに死ね」などの強い表現も多く見受けられる。

まず緊急で記事を配信している理由は、これらの言説をネット上で流布しないでいただきたいからだ。

次の凶行を生まないためでもある。

秋葉原無差別殺傷事件など過去の事件でも、被告が述べるのは「社会に対する怨恨」「幸せそうな人々への怨恨」である。

要するに、何らか社会に対する恨みを募らせている場合が多く、「社会は辛い自分に何もしてくれない」という一方的な感情を有している場合がある。

類似の事件をこれ以上発生させないためにも、困っていたり、辛いことがあれば、社会は手を差し伸べるし、何かしらできることはあるというメッセージの必要性を痛感している。

「死にたいなら人を巻き込まずに自分だけで死ぬべき」「死ぬなら迷惑かけずに死ね」というメッセージを受け取った犯人と同様の想いを持つ人物は、これらの言葉から何を受け取るだろうか。

やはり社会は何もしてくれないし、自分を責め続けるだけなのだろう、という想いを募らせるかもしれない。

その主張がいかに理不尽で一方的な理由であれ、そう思ってしまう人々の一部が凶行に及ぶことを阻止しなければならない。

そのためにも、社会はあなたを大事にしているし、何かができるかもしれない。社会はあなたの命を軽視していないし、死んでほしいと思っている人間など1人もいない、という強いメッセージを発していくべき時だと思う。

人間は原則として、自分が大事にされていなければ、他者を大事に思いやることはできない。

社会全体でこれ以上、凶行が繰り返されないように、他者への言葉の発信や想いの伝え方に注意をいただきたい。

引用元:https://news.yahoo.co.jp/byline/fujitatakanori/20190528-00127666/

確かに彼の指摘する通り、現在SNS上では犯人に「子どもを巻き込むな」という意見が多数出ています。

そして様々なニュースサイトでも、話題として取り上げられかなり目立つ状態となっているでしょう。

 

そうした情報がネット上で拡散されることにより、次の事件につながるというこの意見は、あちこちで「加害者擁護だ」と批判されています。

 

そしてこの記事をツイートした藤田孝典さんのツイッターアカウントは現在大炎上中。

ツイッターのトレンドにも、藤田孝典という名前がランクインするまでとなってしまいました。

藤田孝典は貧困ビジネス屋なのか?

彼が批判を集めてしまっているのには、もう一つ理由があります。

貧困ビジネス。

貧しい人たちを守る発言をすることで注目を集め、お金を稼ぐ。藤田孝典さんには、そうした背景があると、かなりの数の人が指摘しています。

 

今回の犯人擁護も狙ってやっていると見る人も。

確かにこんな記事を出せば、炎上することくらい想像がつくはずです。この内容では、ツイッターのトレンド入りは彼の狙い通りだと言う人がいるのは当然ですね。

あちこちから出ている「藤田孝典のやっていることは、アフィリエイトブログとあまり変わらない」という声もわからなくもありません。

 

藤田孝典さんはツイッターのプロフィールにも、自分が賢いことを伝えるような情報を並べている人物。

これくらいのことは簡単に予測できるでしょう。

藤田孝典
引用元:https://twitter.com/fujitatakanori

 

そんな藤田孝典さんが、かつて大手サイトにて「暴力団が関係する生活困窮者を囲い込む貧困ビジネス事件について」という記事を書いているところがとても皮肉ですね。

貧困ビジネスを批判しているはずの藤田孝典さんが、貧困ビジネス屋として叩かれる。

それは全て、彼が弱いものの命を奪った加害者を守るような行動に出てしまっていることにあるのかもしれません。

 

一部では「記事の内容を曲げて受け取っている」と藤田孝典叩きを批判する声も上がっていますが、被害者の気持ちを考えれば、今こんな話をするべきではないということくらい誰にでもわかるのではないでしょうか?

ネット上の個人の声を批判する藤田孝典さんは、自分もネット上の個人の発言の一つ、そして自分が発信力を持っていることをどう考えているのでしょう?